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[あのブームは今]不死身のガンダム

1991年11月12日、毎日新聞

バンダイとサントリーが共同開発した「きゃらかーん」シリーズ(100円と200円)。歯に優しいドリンクと、人気キャラクター「SDガンダム」のカードやプラモデルを組み合わせたわが国初の玩具(がんぐ)付き飲料だ。1991年3月の発売以来、計約1800万本を売り、子供向け飲料としてはヒット作となった。

ガンダムが最初に登場したのは、1979年のテレビアニメ。勧善懲悪でない新鮮なストーリーが受け、1980年からバンダイが売り出したプラモデルは1億6000万個以上を売っている。

ただ、初期ガンダムはファン層が小学校上級以上とやや高いのが玉にキズだった。そこで1985年に登場させたのが「SDガンダム」。「こんな可愛いガンダムがあったら」という子供の似顔絵をヒントに、従来の8等身を思い切って2等身に“変身”させた。

コミカルなSDガンダムは子供たちに大好評。特に1988年発売開始のキャラクターカード「カードダス20」はガンダムだけで約10億枚を売り、第2次ブームになった。カードに隠されたストーリーを謎(なぞ)解きしながら遊ぶ。人気を持続させるため「SD忍者ガンダム」や中世ヨーロッパの騎士「SDナイトガンダム」など新顔を次々登場させてきた。

今回の「きゃらかーん」は、その路線の延長で「玩具店やスーパーで、おつり感覚で買えるのが当たった」(バンダイ)という。10年以上も続くガンダムブームを支えるのは、時代に合わせたモデルチェンジと、「きゃらかーん」に見られるような子供たちをあきさせないあの手この手の商品展開にあるようだ。さて次に登場するガンダムは?



ガンダム不動の人気 発売から15年…なお年商200億円

1995年12月24日、産経新聞

テレビアニメの登場人物をおもちゃにしたキャラクター商品は、幼児や児童の人気の的だが、男の子向けではバンダイの「機動戦士ガンダム」が、発売以来15年たった今も相変わらずの人気を続けているという。

バンダイが現在販売しているガンダム商品は、ゲームソフトから自販機用商品まで700種類以上。1995年度の売り上げ予定は200億円前後。1980年(昭和55年)ごろのブームほどではないが、1995年度でも800万個が予想されており、販売累計は2億8000万個を超す。購入層は幼児、小学生の層と、20代後半に二極分化している。一方、女の子に根強い人気をもつキャラクター商品は「セーラームーン」で、1995年度も210億円の売り上げが見込まれている。



[ゲーム探検隊]機動戦士ガンダム~ギレンの野望~ 新しい物語を楽しむ

1998年4月11日、毎日新聞

1997年は「新世紀エヴァンゲリオン」がヒットしたけれど、僕の世代はやっぱり「機動戦士ガンダム」。メカニックもかっこいいし、敵・味方とも登場人物のキャラクターがいいんだよね。作品で語られていない部分でいくらでも「外伝」ができそうなくらい。

ガンダムのテレビゲームは40本以上もあるらしいけれど、今回は発売されたばかりのセガサターン用戦略シミュレーション「機動戦士ガンダム~ギレンの野望~」(バンダイ、6800円)を試してみた。連邦軍とジオン軍が争った1年戦争にレビル将軍かギレン・ザビ総帥の各指揮官の立場で参加することができる。

多くの戦闘機やモビルスーツの性能を把握しながら宇宙と地球で同時に戦闘を展開していくのは少々大変だが、知っている物語だけに次第に引き込まれる。例えば作品では死んでしまうマチルダやスレッガーを生かしておくことも可能。まったく新しいストーリーを楽しむことができる。

またギレンの名がタイトルにあるように敵のジオン軍側でプレーできるのも新鮮。ジオン軍側にはシャアやギレンのような人気キャラクターが多いのに、なぜか連邦軍側からのゲームが多く、欲求不満だった人も多いはず。この際、自分の力で原作と違った結果を出すのもおもしろいだろう。

原作では、ガンダムの登場で敗色濃厚だった連邦軍がばん回するけれど、実際どの程度ガンダムが貢献したと思います? 実は……。知らない人も楽しめるし、ファンにはぜひお勧めの1本です。



アニメ「機動戦士ガンダム」 米ハリウッドで映画化 製作費15億円の実写版

1998年7月11日、日刊スポーツ新聞

人気アニメ「機動戦士ガンダム」が米ハリウッドで映画化されることが1998年7月10日、分かった。日本を代表するロボットヒーローが、ハリウッド最新技術を駆使して生まれ変わる。総製作費は15億円。1999年に日米で同時公開される予定だ。日本生まれの人気キャラクターがゴジラに続き全米進出を果たした。

ハリウッド版ガンダムのタイトルは「G-SAVIOUR(ジー・セーバー)」。米国ではすでにテスト版が作られている。内容は驚きの映像の連続だ。実写フィルムで撮影された市街のど真ん中でCGで再現されたガンダムが所狭しと動き回る。特に戦闘シーンは背景や破壊される建物が実写のため、アニメーションの枠を超えたスケール感あふれるリアルな映像となっている。この映像は1998年8月1日公開のアニメ新作「ガンダム・ザ・ムービー」の中で初公開される。

ガンダムは1979年(昭和54年)のテレビシリーズのスタートから1999年で20周年を迎える。ハリウッド版製作はこれを記念したもので、1999年夏完成を目指し現在製作中だ。プロデューサーとデザイン担当以外は米国人スタッフで製作費は15億円。実写部分の撮影はカナダ、オーストラリアでのロケが予定されている。登場人物はもちろん生身の人間が演じる。人間とガンダムの“共演”も見どころだ。

日本でのガンダム人気は今でも絶大だ。ブームになった350種のプラモデルは累計で2億9200万個を出荷。ビデオは合計202万本を売り上げ、1998年8月1日にはLD「メモリアルボックス」も発売される。劇場版3部作も30億円の配収を記録した。米国ではほとんど知られていないが、1998年秋からのビデオとモデル発売を皮切りに本格進出する。映画は字幕スーパー版と吹き替え版が製作され、日米同時公開を予定している。

ハリウッド進出した日本のアニメキャラクター

手塚治虫さん原作の「鉄腕アトム」が「アストロボーイ」と名を変えて、2001年公開を目指し、CGを駆使した実写版映画として製作される。「マッハGO!GO!GO!」「エイトマン」「セーラームーン」などの企画もあったが、製作には発展していない。



「ガンダム生誕20周年」 TVで、ビデオで、ハリウッドで復活

1998年10月27日、スポーツニッポン新聞

人気アニメシリーズ「機動戦士ガンダム」が、20周年を迎える1999年4月から新作テレビ放送で復活することが決まった。米国でも実写版映画「G-SAVIOUR」が1999年夏公開を目指して製作中で、ブームが再燃しそうだ。

人気アニメシリーズ「機動戦士ガンダム」はテレビ朝日系で1979年から放送開始。その後、プラモデル発売、映画やオリジナルビデオで次々と新作が作品化され、アニメファンの永遠のヒーローとなっている。

テレビ放送は3年ぶり。監督は富野由悠季氏、メカデザイナーは大河原邦男氏の黄金コンビが担当。1998年から1999年にかけて「ガンダム生誕20周年」と位置づける制作陣は熱烈ファンの期待に応えて、新作を手がける。

ハリウッド製作版は、人気米テレビ「スタートレック」や名映画「ブレードランナー」のスタッフが担当。全米公開とともに日本でも1999年に上映される予定だ。

また1981、1982年の劇場公開版「機動戦士ガンダム」「機動戦士ガンダムII」「機動戦士ガンダムIII」がビデオ3本組の「メモリアル限定BOX SET~20th aniversary~」で1998年11月21日に復刻発売が決定。ジャケット用に大河原氏が新キャラクター「迷彩仕様のザク」を書き下ろした。

さらに東京・日本橋と大阪には専門店「GUNDAM’S」がオープン。全国巡回形式の「ガンダムフェア」が1998年11月19日から新宿紀伊国屋で行われるなど、アニメファンの間で沸きに沸いている。



アニメ「機動戦士ガンダム」 2年半ぶりにテレビ復活 1999年4月からフジで放送

1999年2月10日、日刊スポーツ新聞

テレビ朝日系で放送されていた人気アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズが、放送開始20周年を迎えた1999年4月、フジテレビに“移籍”し、新シリーズが放送されることになった。テレビ放送は約2年半ぶりで、タイトルは「A GUNDAM(ターンエーガンダム)」で、具体的な放送時間枠は調整中だが、30分番組でスタートする。

今回も初代ガンダムをはじめ、数多くのシリーズを手掛けてきた富野由悠季(よしゆき)氏が監督し、キャラクターデザインをシド・ミード氏らが手掛ける。新作の舞台は2345年で、月にかつて移住した人間の子孫と、元祖地球人とが対決するストーリーになる。

ガンダムシリーズは1979年(昭和54年)4月から「機動戦士ガンダム」のタイトルで、テレビ朝日系で放送開始。1981年3月には映画「機動戦士ガンダム」が公開され、その後も、1996年(平成8年)4月~12月放送の「新機動戦士ガンダムX」を最後に計7シリーズがテレビ放送された。「A GUNDAM」で約2年半ぶりの復活となる。フジテレビに移籍した理由について関係者は「最近、放送開始20周年を迎えたり、ガンダムグッズ専門店ができてガンプラの売れ行きがいいことなど、ガンダムブームが起きつつある。その人気に注目したため、権利を買ったのでしょう」などと話している。

20周年CD発売へ

ガンダムが20周年を迎え、記念CDも1999年3月25日に発売される。タイトルは「REVERBERATION in GUNDAM」(税抜き5500円)。富野監督が全曲作詞を手掛け、過去のガンダムシリーズの映画主題歌を担当したことのある井上大輔氏が作曲&プロデュース。完全限定版で、映画「機動戦士ガンダム2」(1981年公開)の完全復刻パンフレット入り。映画版の主題歌など9曲が収録予定。



[アニメ&ヒーロー TV名作選]機動戦士ガンダム(テレビ朝日)

2000年10月15日、報知新聞東京

みんなが夢見た、憧れた…アニメ&ヒーロー TV名作選

機動戦士ガンダム(テレビ朝日)

「宇宙版の『十五少年漂流記』を作ろうとしたんです」。当時(株)日本サンライズで企画を担当していた飯塚正夫さん(現・株式会社サンライズ資料室室長)は振り返る。後のアニメに絶大な影響を与えたエポックメーキングな名作の原点は、意外にもフランスの作家、ジュール・べルヌの冒険小説にあった。

地球連邦軍の戦艦ホワイトベースの指揮官ブライト・ノアは「十五少年-」に登場するフランス人兄弟の兄でリーダー格のブリアン。ガンダムのパイロットで機械いじりが趣味の内向的な主人公アムロ・レイはブリアンの弟で、自らの過ちゆえの葛藤(かっとう)に悩むジャックがモデルだという。未来の宇宙時代を舞台にした“漂流記”は戦争という舞台設定を初めてリアルに描いたアニメだった。「物語が連続した大河ドラマであり、SF的な要素をほどよく含んでいたところが支持されたのではないでしょうか」と飯塚さんは分析する。悪の侵略者を、正義のヒーロー(なぜか1人の博士がセットになっている)が迎え撃つ、というそれまでの荒唐無稽(むけい)な巨大ロボットアニメとは明らかに一線を画していた。

アニメ年齢層引き上げた宇宙版「漂流記」

アニメ視聴者の年齢層を大きく引き上げた作品でもあった。「大人と子供の間に位置する中供(ちゅうども)をターゲットにしていた」と飯塚さん。学校という組織の中で悩み、目前には社会という、えたいの知れない組織が待ち受けているという不安定な世代が、現実に翻弄(ほんろう)される自分を投影することができたのが、同世代の主人公と連邦軍の兵士たちだった。

決して戦争の悲哀を描くことによる戦争批判がテーマではなかった。「十五少年-」の最後のページにある一節。「少年諸君は、よくおぼえていただきたい。どんなに危険な状態におちいっても、秩序と熱心と勇気とをもってすれば、きりぬけられないことはないのである」。「ガンダム」という作品が語った言葉はここにあったのではないだろうか。

ガンプラブーム

ガンダムのプラモデル、略して“ガンプラ”は、それまでの超合金にはない精巧さと144分の1などの統一スケールを導入、わき役のモビルスーツも

続々と商品化され大人向けホビーとしても認知された。入荷日には大手百貨店が広告を入れ、模型店には行列ができるなど社会現象にまでなった。

映画化

テレビ初放送時(1979年4月~1980年1月)は低視聴率にあえいだが、直後の再放送の高視聴率などを受けてテレビシリーズを再編集し、新作カットを加えた3部作「機動戦士ガンダム」(1981年3月)、「機動戦士ガンダム2哀・戦士編」(1981年7月)、「機動戦士ガンダム3めぐりあい宇宙編」(1982年3月)が次々と劇場公開(松竹系)され大ヒット。



【私的 ロボットアニメ史】(11)機動戦士ガンダム

2002年3月8日、産経新聞

「戦い」と「正義」の意味問いかける

富野由悠季監督の代表作『機動戦士ガンダム』は、なぜ多くのファンの心をつかんだのだろうか。それは、これまでの富野作品にも増して、アニメが伝統的に持つパターンを多くの点で破っていたからである。

時代は近未来。増え過ぎた人類は、その生活の場を地球から宇宙へと移した。そこにスペースコロニーという生活空間を造り上げた。人々はそこで生まれ、生活し、そして死んでいった。

地球から最も離れたスペースコロニー・サイド3は「ジオン公国」と名乗り、地球連邦政府に対し独立戦争を起こした。戦火に襲われた少年、アムロ・レイは地球連邦軍の試作モビルスーツ、ガンダムに偶然乗り込み、ジオン軍との闘いに巻き込まれていく。心の課題を抱えたアムロら少年たちの成長していく姿が、リアルな戦争の描写とともに描かれている。

『ガンダム』は、戦うことの意味と、真の正義とは何かを視聴者に問いかけ続けた作品である。放送された1979年(昭和54年)の暮れには、旧ソ連軍がアフガニスタンへ侵攻した。また、『ガンダム』は地球連邦軍、ジオン軍それぞれの人間ドラマもリアルに描き上げており、高い完成度を誇った。

アムロと好敵手・シャアとの戦いも話題を呼び、アニメ史上に残る空前のヒット作になった。それを支えたのは物語の設定であり、そのポイントは以下の通り。

(1)戦いは同じ人間対人間(2)戦い合う理由は独立戦争(3)ロボット(ここではモビルスーツ)は単なる戦闘兵器でしかない(4)ジオン軍も地球連邦軍もお互いにモビルスーツという基本的には同じロボットを操縦し戦う(5)モビルスーツの性能より操縦する者の腕が勝敗を分ける(6)戦いを仕掛けてきたジオン公国にも、戦う上での明確で正当な理由があった-などである。

制作者たちは、恐らく『マジンガーZ』などを観(み)て育ち、ロボットアニメの基礎を養いながらも、一歩進んだアニメドラマを作りたいという意欲があったのであろう。そして、その姿勢が時代にピッタリ当てはまった。大人の鑑賞にも十分に堪え得る作品だった。

データ
機動戦士ガンダム

原作=矢立肇、富野喜幸。掲載誌=『冒険王』(秋田書店)ほか。制作=名古屋テレビ、創通エージェンシー、日本サンライズ。テレビ朝日系で1979年(昭和54年)4月7日-1980年(昭和55年)1月26日に計43回放送。視聴率こそ高くはなかったが、その独特の世界は多くのディープなファンを獲得した。「それ以降のロボットアニメは『ガンダム』の影響を少なからず受けている」といわれる作品。



【私的 ロボットアニメ史】(12)機動戦士ガンダム

2002年3月9日、産経新聞

社会現象…「ガンプラ」に長蛇の列

『機動戦士ガンダム』は、それまでのアニメ界にはなかった形でブームを呼び起こし、一種の社会現象を生んだ。その顕著な例が劇中に登場するモビルスーツと呼ばれるロボットなど、全86種類あるキャラクターを商品化したプラモデルの登場である。

これが爆発的に売れた。いわゆる「ガンプラ」(ガンダムのプラモデル)ブームである。目当てのプラモデルを買いたい少年たちが、休日の百貨店や玩具店に早朝から長蛇の列をつくるという現象である。

彼らは、多種多様のモビルスーツ(ロボットタイプ)やモビルアーマー(戦闘機タイプ)を組み立て、友達同士で品評し合った。こうして当時の子供たちは、その世界に夢中になっていった。1つのアニメ作品でこれほどの種類のロボットキャラクターが登場し、その大半がプラモデルとして販売されたアニメは後にも先にもこのガンダムだけであろう。

また、番組から多くの流行語も誕生した。「ニュータイプ」がその代表である。今でもこの言葉は“ガンダム世代”の一部では会話に織り込まれている単語だ。そもそもこの「ニュータイプ」という言葉の定義は、簡単にいうと「地球以外の場で生活することによって、その環境にも適応できる特殊な能力や新しい感覚に目覚めた新人類」といったものである。

現代の20代前半から30代半ばまでの世代は男女を問わず、多かれ少なかれ『機動戦士ガンダム』の影響を受けていそうだ。根強いファン層にも支えられ、世代を越え、20年以上たった今でも当時のプラモデルはコンスタントに売れ続けている。親子二代による「ガンダムフリーク」も出現し、そのすそ野は広がる一方である。

このガンダムの登場によって、ストーリーとコンセプトの両面で模索を続けていたロボットアニメ界において、1本の太いラインが誕生したといえる。従来のようなタイプの作品が全くなくなったわけではないが、傾向として、よりリアルで、そしてよりハードなコンセプトを持った「リアルロボットアニメ」のラインが主流となっていくのである。

データ
『ガンダム』現象

映画版は『機動戦士ガンダム』『哀戦士』『めぐりあい宇宙(そら)』の3作が1982年(昭和57年)-1983年(昭和58年)に公開され大ヒット。TVアニメの続編は7作。低年齢層向けにキャラクターをデフォルメした玩具『SDガンダム』シリーズも人気を呼んだ。番組が生んだ言葉「ニュータイプ」は、オウム真理教で修行し、熱狂していた若者たちがあこがれ、目指した概念としても使われていた。



【私的 ロボットアニメ史】(14)機動戦士Zガンダム

2002年3月16日、産経新聞

TVゲームに席巻された期待作

飛躍を遂げたロボットアニメ。各番組のキャラクターたちはそれぞれの個性を存分に発揮し、その多様化にも成功した。さらに、ドラマ性とテーマ性とを持ち合わせるようになった。いわば「見た目」と「中身」の両面で成長を果たしたといっていい。

さらに勢いづくかに見えたロボットアニメだったが、1985年(昭和60年)前後、急速に衰え始めた。放送途中で打ち切られる作品が続出したのだ。

そんなころ、アニメ界の期待を背負い、満を持して登場したのが『機動戦士ガンダム』の直接的な続編にあたる、『機動戦士Z(ゼータ)ガンダム』と『機動戦士ガンダムZZ(ダブルゼータ)』だ。しかし、両作品ともその期待に応えることも、流れを止めることもできなかった。

この2作品が描いていたのは、戦争を乗り越えて成長していく人類「ニュータイプ」が誕生する上での困難さである。第1シリーズの『ガンダム』にはあった娯楽性を極力排除し、そこで描き切れなかったテーマを前面に押し出したアニメだった。それは、戦闘という行為は人間の本能によるものなのか-という問いかけである。

純粋にロボットアニメを楽しみたいと願う視聴者には、少々手ごわい作品に仕上がっていたことは否めない。

もっと大きな原因がある。それはそのころ、1985年(昭和60年)を過ぎたあたりの社会状況である。

当時の男の子たちの興味は、アニメからTVゲームへと大きく移っていった。1983年(昭和58年)に発売された任天堂の「ファミコン」が、当時の子供たちの関心を独占していたのだ。多くの子供たちはそのソフトを買い求め、スーパーマリオやドラゴンクエストなどが、アニメ番組に代わってテレビ画面を占領したのだ。

順風の中で成長してきたロボットアニメが初めて長いトンネルの時代を経験した。

けれども、そんな苦しい時代を経験し、ロボットアニメは一皮むける。そこにまた1人の鬼才が登場し、久しぶりのロボットアニメブームを呼び起こす。ガンダム以来のブームとなったこの作品は、1995年(平成7年)に登場するのだ。

データ
機動戦士Z(ゼータ)ガンダム

原作=富野由悠季。制作=名古屋テレビ、創通エージェンシー、日本サンライズ。テレビ朝日系で1985年(昭和60年)3月2日-1986年(昭和61年)2月22日に計50回放送。地球連邦軍とジオン軍との戦争から7年。ジオン軍残党狩りのため連邦軍内に新組織ティターンズが結成、連邦内の反対勢力エゥーゴとの戦いが始まる。エゥーゴに参加したカミーユ・ビダンは苦悩し、悲しみを覚える。